白川に架かる吊橋は以前よりもかなりりっぱなものに作り替えられていて安心して渡ることができた。以前は吊橋に上がることさえ難しかった印象が残っている。すぐ先の清水で喉を潤してからしばらく杉林を進むと次第に山道は勾配が増して行った。今年は梅雨が長引いていて今日も異様なほどの蒸し暑さである。しかし、久しぶりの飯豊連峰は何となく故郷に帰ってきたような心地よさがあるのも事実だった。それにこの周回コースは10年ぶりなので眺める風景もどことなく新鮮であった。
五段山までの急坂では蒸し暑さも手伝って汗をずいぶん搾り取られてしまった。Tシャツはすでに汗だらけであった。この汗の臭いに誘われてブヨが顔中に群がった。虫避けスプレーなどは流れる汗にほとんど効果がないのか鬱陶しいこと甚だしい限りだった。拭ってもすぐに顔から額からは汗が滴り落ちた。五段山まではいろんな標識があったはずだが、雪でみな壊れてしまったらしく今年はほとんど見当たらなかった。
五段山にはちょうど2時間で到着した。ほとんど人が入っていないのか最近の踏跡はないようだ。周りは草が背丈ほども生い茂り視界はなかった。牛ガ岩山への登りにかかる手前で朝食をとりながら小休止をとる。牛ガ岩山付近は平坦な山道が続くところで視界が良ければ稜線漫歩が楽しめる。湿原が連続する区間でもあり心が休まるようだった。
再び勾配がきつくなってくると地蔵山への登りだ。登山道には草が被ってしまいよくわからなくなっているところも多い。初めてならば不安にかられるところかも知れなかった。地蔵山の山頂には地蔵様がひっそりと道の傍らに佇み、近くにはひときわ大きなニッコウキスゲが一輪だけ咲いていた。人の気配はなく静寂さだけが漂っていた。
地蔵山からはわずかに下ると川入への分岐だ。三国岳へのルートはそのまま真っ直ぐに進んでゆく。この付近もみな懐かしいところで、飯豊の香りが一面に充満しているといった感じがした。
鞍部からは急に道が良くなりその歩き易さにはホッとするようだ。ここは川入からの登山者も多く、また三国小屋からの下山者も目立った。岩場が続くようになるとまもなく剣ガ峰となる。この辺りまでくると空気が爽やかで吹く風も涼しい。いつのまにかそこら中を無数のトンボが飛び交っていた。このトンボがでてくればもう虫に悩まされることもない。三国岳には剣ガ峰の標柱からひと登りで到着した。三国小屋の周りでは大勢の登山者が休憩中であった。
三国小屋から種蒔山までは小さなアップダウンが続いた。この辺りからニッコウキスゲが特に目立つようになる。思いきり近づいてアップの写真を撮っていると疲れていた気持ちが少しずつ安らぐようであった。七森を過ぎると右手には地蔵岳が雲に見え隠れするようになった。そして大きな高みを通過すると前方に飯豊本山が現れる。久しぶりに見る飯豊山だ。考えてみると4月の下旬以来である。あれからもう3カ月も経つのかと月日の早さを思わずにはいられなかった。
稜線はさすがに日射しが強く日射病が心配になる区間が続いた。タオルで首の周りを覆いその上から帽子を被る。少しでも体温の上昇を抑えるようにするのだが風が弱まると目眩さえするほどの日射しが降り注いだ。七森から種蒔山付近も高山植物が多いところだった。ニッコウキスゲが一番目立つが、他にはヒメサユリやチングルマ、ヨツバシオガマ、ハクサンイチゲ、ミヤマリンドウ、マツムシソウ等が盛りを見せている。さらには花の時期がとっくに終わったと思っていたシラネアオイやヒメサユリも一部にまだ咲いていて驚いた。春の花と夏の花がまだまだ混在していて百花稜覧といった状態であった。
種蒔山の標柱までくれば登りも一息つくところだ。ここにはお花畑と豊富な残雪があり、見渡すとなだらかな草原が波打つように広がっている。まるで桃源郷のような場所でもあり時間があればのんびりとしたいところだった。切合小屋が目前となるといよいよ飯豊山も大きく迫るようになる。ガスが流れると大日岳、御西岳、飯豊山が見えた。草履塚の雪渓もほとんどなくなったようだ。
切合の分岐からは雪渓を横断する箇所がある。ここは滑落の危険もあるのでまだまだ要注意だ。慎重に渡りきると豊富な雪解け水が流れていた。水筒の水がすでに底をついていたためここでしっかりと補給する。冷たい雪解け水はそれだけで体が生き返るようだった。両足はかなりの疲れを感じていた。写真を撮りながら少し小休止をとることにした。歩き続けてすでに7時間近くになろうとしていた。
種蒔山直下の水場からは飯豊山を眺めながらの稜線歩きが楽しめる区間でもある。ヤセ尾根のような岩場を通過すればあとは御沢分岐まで一気の下りとなる。木立に日射しも遮られて何となく一安心するところだ。まもなく穴堰の標柱を過ぎると御坪に着く。ここは自然が作り上げた庭園のようなところで、いつ訪れても心が癒されるような雰囲気が漂っている。目洗清水手前の大きな湿原ではニッコウキスゲが群生していた。飯豊本山が見えないのが少し寂しいがそれでも数え切れないほどのニッコウキスゲには圧倒されるようだ。
地蔵岳までは緩やかな登りが続いた。しかし疲れた体にはこの区間は結構きつい。ちょっとした拍子に両足が攣ってしまいそうになり、意識してゆったりとしたペースを維持しようと心掛けた。疲れた足を引きずりながらも地蔵岳には午後3時前に着くことができた。ほとほと両足は疲れ切っていた。しかしここまで来ればあとは大日杉へ下るだけである。ほとんど休みなしに歩き続けてきたがこの分だと10時間ぐらいで下山できそうであった。ここまで残して置いた胡瓜と茄子の漬け物が美味しい。食欲もなくなっていたのだが塩辛いほどのしょっぱさが疲れた体を生き返らせてくれるようだった。
ここでも無数のトンボが飛び交っていて、その絶え間なく聞こえる羽音は異様なほどだった。しかしブヨなどの虫と違って体にぶつかってくることはない。トンボの乱舞する様子を眺めているとまだ梅雨も明けないというのに山ではすでに秋の気配が漂っているようだった。十分に休憩を終えたところで僕はやおら腰をあげて大日杉へと下りはじめた。
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朝の大日杉 |
白川に架かる吊橋を渡る |
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五段山 |
牛ガ岩山 |
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地蔵山 |
地蔵山の標識 |
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剣ガ峰 |
三国小屋 |
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七森付近 |
七森から地蔵岳遠望 |
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種蒔山 |
切合から飯豊山 |
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切合分岐付近の雪渓 |
お花畑が広がる |
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種蒔山の下山路で |
種蒔山の下山路で(遠方は地蔵岳) |
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種蒔山の下山路から飯豊山を仰ぐ |
御坪 |
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目洗清水のニッコウキスゲ |
地蔵岳山頂 |
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地蔵岳標柱に止まったトンボ |
キンコウカ |
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ツツジ? |
ニッコウキスゲ |
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センジュガンピ |
イワイチョウ |
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ミヤマコザクラ |
チングルマ |
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シラネアオイ |
タカネマツムシソウ |
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七森付近から地蔵岳を望む |
種蒔山直下から飯豊山を仰ぐ |

