【概要】
11月3日は晴れの特異日として知られている。例年11月ともなれば、とっくに降雪があってもおかしくはないのに、まだ一向に雪の気配がなく、天気予報によると今年も9月か10月上旬のような小春日和の一日になりそうだった。三連休となった今年は本当ならば山小屋泊まりを計画したいところだが、今回はいろいろと雑用があって日帰りの飯豊山である。
早朝自宅を出た私は大日杉小屋にまだ暗いうちに着いた。空は準備をしているときから少しずつ明るくなり始め、登り始める頃にはすっかり夜が明けてしまっていた。駐車場には福島ナンバーとキャンピングカーの2台停まっていたものの人の姿は見あたらない。大日杉小屋はすでに冬ごもりに入っていて、もう雪を待つだけのような静寂さだ。気温は2℃しかなく手がかじかむほどの冷え込みだった。
日の出はザンゲ坂をのぼったところで始まった。閃光が山の稜線から飛び込んでくると、色彩のなかった周りの風景が、まるで命を吹き込まれるようにピンク色に染まり出す。すっかり太陽が顔を出してしまうと雑木林がまぶしいほどのオレンジ色に輝いた。早起きするのは久しぶりでつらかったのだが、この美しい光景を見ていると、たまには早立ちをしてみるものだなあ、とあらためて思ったりした。山はすっかり晩秋の趣が漂っているとはいえ、ザンゲ坂付近はかろうじて紅葉の名残をとどめてるといった感じである。荘厳な朝焼けのドラマがしばらく続き、登山道にはブナ林の影が長く伸びていた。
そんな山の紅葉が楽しめるのも長ノ助清水までで、御田を過ぎると葉をつけた木々は全く見られなくなり、スカスカとした見通しの良い尾根道となった。しかし、落ち葉の降り積もった道は歩きやすく、まるで絨毯の上を歩いているような気持ちよさがある。山道には熊鈴と落ち葉を踏む乾いた音だけが響き渡った。登山道にはところどころ霜柱が目立ち、ダマシ地蔵付近はすっかり初冬という感じがした。
地蔵岳からは常に飯豊本山を眺めながら歩けるので、まるで残雪期の飯豊を歩いているような楽しさがある。目洗清水の手前には「語らいの丘」という見慣れない看板が木の枝にぶらさがっていた。御坪付近まで来ると、丸裸になった白骨のようなダケカンバが林立していて、明るい雰囲気に満ちているとはいえ、一方ではちょっと異様な風景にも見えた。種蒔山手前の沢は水場となっているところだが、さすがにここまで高度が上がってくると冷え込みは相当厳しく、沢の一部にはすでに氷が張っている。汗をかいていただけに沢水で顔を洗うとその凍りそうなほどの冷たさが心地よかった。
切合小屋までくるといよいよ大日岳が正面に見えてくる。いつのまにか切合小屋のトイレが新しくなっていて驚いたのだが、私は何となく浦島太郎のような気分にしばらく襲われた。飯豊や朝日の山小屋は毎年のように新しく建て替えられ、昔ながらの汲み取り式トイレは次々と環境に優しいというバイオトイレに入れ替わっているようだった。
このところ長引いていた風邪も完治したため、今日の私の体調はかなりよいようだった。長い山道を快調に歩けるのは久しぶりのような気がした。順調に草履塚を登り切り、鞍部まで下りてゆくと御秘所の岩場を下ってくる二人の登山者が見えた。三国小屋からの往復だという、軽装の男性二人は茨城からきたという人達で、今日初めて出会う登山者だった。
御前坂が目前となると先行者が前方を歩いているのが目に入った。この人とは飯豊山頂でようやく一緒になった。福島の小泉さんという方で、一週置きに飯豊に登っているという健脚の人だった。この飯豊山頂では我々二人だけの貸切状態だった。風は冷たかったが、頭上からは燦々とした日差しが降り注ぎ、まるで初秋を思わせるような天候に、つい11月というのを忘れてしまいそうである。山頂からはほとんどすべてを見渡すことができて、眺めているだけで至福の時間を感じた。色彩のないようなモノトーンの山肌にあって、白いダケカンバがところどころでアクセントのように輝き、この風景画のような画面を引き締めている。紅葉もいいものだが、晩秋の晴れた山並みもなかなかに風情があって見飽きることがなかった。小泉さんはガスで湯を沸かしてカップラーメンを食べている。私はコンビニのおにぎりを食べながら、しばらく山頂からの展望を楽しんでいた。
こんな天候に恵まれた日にはゆったりと山頂に滞在したいところだったが、今日は日帰りなのでそうそう山頂でのんびりとするわけにもゆかなかった。山頂での休憩は1時間足らずで切り上げて下山にとりかかった。本山小屋をのぞいてみるとまだ誰もいなかったが、御前坂を下ると大きなザックを背負った登山者が次々と現れ始め、さらに切合小屋泊まりだという軽装の登山者も続々とやってくるようだった。今日の山小屋は11月にもかかわらずどこも混み合いそうだった。
種蒔山と御坪の区間でも大日杉から登ってくる大勢の登山者と行き交った。みんなこの連休を利用して、おそらくは今年最後になるであろう飯豊連峰を楽しみにやってくるようだった。その後、飯豊の山頂で別れていた小泉さんが追いついてきて、そこからはお互いに追いつ追われつしながら大日杉への山道をのんびりと下った。
長ノ助清水では最後の休憩を楽しみながら、二人ともこの湧き水を水筒に汲んで自宅への土産にした。長ノ助清水を過ぎると周りの光景には再び朝方の華やかさが戻ってくる。高山植物などは既にどこにも見当たらなかったが、燃えるような山肌は春や夏の花々の美しさを補って余りあるものがあるような気がした。いつもはつまらない下山路も今日は心地よいばかりである。ザンゲ坂を下る頃には太陽は山の陰に隠れてしまい、登山道には早くも日没が迫っているようだった。
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ザンゲ坂で日の出を迎える |
朝日に輝く稜線(ザンゲ坂) |
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朝日に染まるブナ林(ザンゲ坂付近) |
語らいの丘から飯豊山 |
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目洗清水から飯豊山 |
御坪 |
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切合小屋と新築されたトイレ |
御秘所を下る登山者 |
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ダイグラ尾根 |
飯豊山頂から望む大日岳 |