【平成14年4月6日(土)/吾妻連峰 天元台から中大巓】
西大巓をバックに中大巓の緩斜面を登る
久しぶりに訪れた天元台スキー場は驚くほど雪が少ない。湯ノ平コースにも全く雪がない状態で、天元台からはゴンドラに乗って下るしか方法がなくなっている。今日は朝から快晴の空が広がっていて、一応、西吾妻山までを往復してくるつもりでリフト終点でシールを貼った。天候さえ問題なければ快適なスノーハイキングを楽しめるのだから足慣らしには最適なのだ。
樹林帯に残っているトレースをたどりながら直登すると背後には飯豊連峰が青空に浮かんでいた。白く輝く飯豊の峰峰をときどき振り返りながらさらに登るとまもなくカモシカ展望台である。ここでは山スキーヤーが二人とスノーシューをはいたスノーボーダーが4人ほど小休止しているところだった。
山スキーの二人は東京からやってきた年輩の夫婦者で、西吾妻は初めてというので中大巓までは一緒に登った。中大巓は標識も何もないなだらかなピークだが、山頂からは人形石が目前で、先には吾妻連峰の縦走路が連綿と続いている。朝日連峰と蔵王連峰の間には月山と葉山が鎮座し、その右奥には鳥海山だ。今日は青空を背景にしてほとんどの山を見渡すことができた。この雄大な展望は久しぶりで、眺めていると見飽きることがなかった。ここまで一緒に登ってきた東京の二人は、人形石まで往復してくるといって滑っていった。カミさんと私はシールをはずして滑降の準備を始めた。ところがここで異変が起きた。
何気なく眺めたカミさんのスキー靴の片方が、足の甲の部分から大きく割れていたのだ。一瞬頭の中が白くなった。一応絶縁テープで応急処置をするとビンデングに靴は納まり、なんとか滑ることはできそうなのでいったん胸をなで下ろした。しかしいつまた壊れるかわからないので、これで西吾妻まで足を延ばすのはあきらめるしかなさそうだった。とはいえ、この好天の一日をこのまま下山するのはあまりにもったいないので梵天岩近くまで向かうことにする。そして一段低い場所まで滑り降りると今日の昼食場所と決めてザックを下ろした。よけいな行動はできなくなったおかげで時間はたっぷりあり、のんびりと山の食事を楽しむことに気持ちを切り替えていた。
暑いくらいの陽射しが降り注いでいた天候は、その後食事をしている間にも上空には薄雲が広がりはじめ、やがて陽射しも陰りはじめていた。今日は高気圧に覆われる天気予報だったが、山ではまだまだ天候の不安定さを感じさせた。
食事をしている間は気付かなかったものの、スキーの準備をはじめる時になって、私達は再び青ざめてしまった。応急処置の努力もむなしく、亀裂が入ったスキー靴は片っ端から割れはじめていたのである。休んでいる間はほとんど力が加わっていないはずなのに、至る所からプラスチックの破片がこぼれ落ちた。堅いプラスチックも経年劣化のために今は脆いロウ細工のようになっていた。無駄だとは思いつつも絶縁テープを残らず全部卷いて補強した。しかし靴をスキーのビンデングにはめるのはやはり不可能で、カミさんはここから歩くしかなくなっていた。スキーは私が持った。なんとかカモシカ展望台まで登るとそこからは樹林帯の下りだ。まだ無事だった片方のスキー靴もこの急斜面を下っている途中から壊れだした。いったん壊れはじめたスキー靴は見事なまでに木っ端微塵に砕けていった。私はカミさんからつかず離れず一緒にスキーで下った。
カミさんにとってつらい下りが続いた。ようやく着いた北望台からはさらにリフト3本分を下らなければならないのだ。スキーだと短時間で下るこのコースも、歩くとなると本当に長い。まして柔らかいインナーブーツで堅い雪面を下るのは危険でもある。非常に滑るので大変だとカミさんが時々嘆いた。インナーは防水性もほとんどないので両足もだんだんと濡れてきたらしかった。こんな状態だったから最後のゲレンデを下りてゴンドラ乗り場に到着したときは、さながら感動的ともいえるほどのフィナーレだった。歩いていた時間はさほどではないだろう。しかし私達にとって長い長い一日が終わった。
カモシカ展望台をめざして急斜面を登る
背後に聳えるのは飯豊連峰
中大巓山頂でパチリ!
バックは朝日連峰と月山。その右手には鳥海山まで見えた。
この直後に異変が・・・
中大巓から梵天岩への斜面を滑る
スキー靴が壊れているので恐る恐る滑っている
壊れたスキー靴