【平成13年2月17日(土)〜18日(日)/吾妻連峰 吾妻スキー場から土湯温泉へ】
やっとたどり着いた今宵の宿、吾妻小舎
見えているのは2階と3階部分で1階は完全に雪に埋まっていた
樹林帯を歩く登山者
この人達は山スキーではなくスノーシューとワカン組
氷結した五色沼と一切経山(大石から)
遮るものがない稜線は強烈な風が卷いている
真っ白い雪をまとった家形山(大石から)
酸ガ平小屋
強烈な風は一切経山付近からずっと続いている
浄土平から見る一切経山
(1日目)
高湯温泉に向かう国道からは、吾妻小富士や高山を望むことができるほどで今日は好天が期待できそうだった。先週は悪天候のため家形小屋までしか行けなかったが、この調子だと今回はなんとか吾妻小舎まで行くことができそうである。
吾妻スキー場は青空が広がっていた。舞うような風は、時折雪原に小さな竜巻を発生させ、その度に雪が上空に舞い上がった。積雪は相変わらず多い。スノーシューやワカンで登っている人達は深い雪に足をとられて相当苦労している様子だった。
早めに登った人達を追い越すとほとんど先を歩く人がいなくなってしまった。追分からは斜面がだんだん急になった。大根森手前で登山者が数名休んでいた。みんなはこれから下山するというので、てっきり吾妻小舎から下ってきたのだと思ったところ、悪天候のために昨日吾妻小舎まで行けず、やむを得ず慶応山荘に泊まったという人達だった。
大根森の尾根の急登を耐えればもうそこは大石と呼ばれる稜線に出る。ここは荒涼とした岩場で強風が吹き荒れていた。見下ろす五色沼は一面真っ白に氷結している。雪は全て吹き飛ばされて岩が露出し、家形山への分岐の標識が立つ地点まではスキーを担いだ。天候はかなり期待していたのだが、五色沼の縁を回り込む頃から風雪模様となり、視界が悪くなってきていた。一切経山と前大顛との鞍部の手前で昼食中の2人組に出会う。あいさつの後、先週は家形小屋までいった話をすると突然、「蒲生さんですか」と名前で呼ばれびっくりしてしまった。私のHPを見てくれていたためなのだが、急に恥ずかしくなる。ここで出会った郡山のK氏は大阪のY氏を案内しながらのテレマークによるツアー山行のようだった。
一切経山の鞍部付近からはなだらかな斜面が広がるところだが、今日のように視界がなくなると方角がまるでわからなくなる。しかし雪面にはところどころに赤い竹の標識がたててあり、それをたどりながらのシール登行が続く。鞍部を超えると酸ケ平小屋だった。そこからは大きな斜面を沢に沿うように下ったところが浄土平で、吾妻小舎はもうまもなくだった。
一階部分がすっかり雪に埋もれた吾妻小舎は、風情のある木造の山小屋だ。部屋ではストーブが焚かれてあり、濡れた手袋、シールなどを乾かした。ただ、吾妻小舎の管理人の遠藤さんは、近く入院するためにこの週末限りで当分の間、小屋に登れないということを聞いた。また近いうちに来る予定もしていた私はひどくがっかりした。吾妻小舎の遠藤さんからはみんなに日本酒と漬け物などの差入れをいただいた。
暗くなると部屋には昔ながらの灯油のランプが灯された。この日、小舎への宿泊者は15・6人ぐらいである。みんな思い思いにテーブルを囲み夕食が始まった。私は一切経山への途中で出会った、郡山のK氏と大阪のY氏と一緒に夕食を共に楽しんだ。Kさんはこの辺の山のルートに詳しく、翌日、東吾妻山と高山を登り、土湯温泉へと下山する話を聞くうちに、こんな機会はめったにないと思ったので、無理をいって行動を一緒にさせてもらうことになった。夜、外は風の音が終始やまなかったが、小舎の蒲団は暖かく、汗をかいてしまうほどだった。
懐かしい山小屋のランプ
(二日目)
予報では午前中ぐらいは天候は持つと思っていたのだが、風雪はやまなく、時折窓の外が真っ白になった。朝食を終えると宿泊していた人たちはそれぞれに吾妻小舎を発っていく。吾妻小舎からは高山経由で土湯温泉に下る人たちと、吾妻スキー場に戻る人たちは半々ぐらいだっただろうか。しかしこの天候の中、東吾妻山に向かう者は誰もいなかった。
東吾妻山まではほとんど視界がない中、3人で交代しながらのラッセルが続いた。山頂が近づくにつれて、風はなおも激しさを増してきていた。私は風にあおられて何回か倒されたりした。山頂に到着してもなにも見えない。展望を楽しむどころではなく、かろうじて標識がかすかに見えるだけである。早々に下山を開始した。
二人はテレマークスキーの達人だったが、私は東吾妻からの深雪の急斜面では思うようにスキー操作ができず、至る所で倒れては雪まみれになった。その度毎に二人が先で待っていてくれるので、なんとなく申し訳ない気持ちになる。深雪では倒れてから起きあがるのに、想像以上に体力を消耗した。太股が痙攣を起こしているようだった。足の筋肉が悲鳴を上げていると思われるほど疲れており、体力のなさを今更ながら痛感していた。
高山に登る手前の鳥子平で風を避けながらそそくさと昼食をする。カップラーメンを食べているときも風雪が樹林を突き抜けてくる。雪が常に全身に降り掛かるので体は少しも温まらなかった。
高山へは朝登っていった人達のトレースがかすかに残っていて、それをたどりながら山頂をめざした。大きな反射板のある高山の山頂はやはり風雪が吹き荒れており、視界の悪さも東吾妻山と全く変わりがなかった。方角からすると、この辺では風を背中に受けるはずだったが、不思議に前方から風と雪がぶつかってきた。私は相変わらず転んでは起きあがり、雪まみれになりながら急斜面を下った。ヤセ尾根や狭い登山道を抜けると、ようやく緩斜面が続くようになった。
ブナの樹林帯を下る途中からみぞれ模様になり、林道に出る頃にはいつのまにか雨に変わっている。気温が高いのだろう。雨が降ることなど、先日までは考えられなかったことだ。少しずつ春が忍び寄っているのかも知れなかった。林道は土湯温泉までは約4kmほどあるらしかったが、危惧していたとおり除雪がされているのを知ると3人ともひどくがっかりした。それでもかすかに残る雪面を拾いながら土湯温泉まで下っていった。
やがて小雨が降りしきる中、温泉街が眼下に見えてくると、今日の長かった行程も終わりに近い。周囲は既に夕暮れの帳が下りてこようとしていた。下山後に入った土湯温泉の公衆浴場「中ノ湯」のお湯は熱く、疲れも極限に達していたためか、目眩がするようだった。
風呂から上がり、タクシーで吾妻スキー場まで戻る。そして終始、足手まといとなりながらもお世話をいただいた郡山のK氏、大阪のY氏に駐車場で別れを告げた。
風雪の中、土湯温泉へ下山の準備をする
郡山のK氏(右)と大阪のY氏
(高山の山頂で)